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白い夢魔のおはなし 1


 かぎりなく白に近い金のくせっ毛、冷たい水のなかからみあげた空の色ような銀色のひとみ、ミルクに鮮血をほんのり混ぜた色の頬。 ふるぼけた白の衣につつまれたほんの幼いむすめは、ある夜、“目ざめました”。
 そこはおおきな寝台の上でした。 むすめはまっくらな部屋のまんなかの、天蓋つきのベッドで、虫くいと埃だらけのシーツにくるまれていました。
 壁にかかっている錆びた剣よりも背の丈のないむすめは、もぞもぞ、そこから抜け出すだけでもひとくろうです。 やっと乳離れしただろう、くらいのちいさな手足で、なかば落ちるように、まっくろによごれた絨毯におりたちます。

 すると、真っ赤な目をしたコウモリたちがさわぎはじめます。 蜘蛛ががさがさ、あわてたように寝台の下から出てきます。 ぎぃ、と扉が軋んだかと思うと、まっさおな顔色の大勢の死霊が、なにごとかと顔をのぞかせました。

 ――そこは、 幽霊屋敷、と呼ばれているおうちでした。


白い夢魔のおはなし





 今でも、その白い娘は、そのベッドを愛用している。 とはいっても敷布はまっさらな布に換えて久しいし、埃まみれのフレームは女中からぞうきんをとりあげて、自分の手で磨き上げた。 禿げてしまった金の装飾こそ戻らないが、なかなか豪奢で快適な寝床だ。
 はじめて世界を認識してから月日は流れて、幼子も今や立派に女性の姿をしていた。 ただ、大人、と呼ぶには一寸たりないくらいの外見で、もう何年も見た目の成長が止まっていた。
 ゆるく波打つ白金の髪はだいぶ伸びて、リボンでくくってある。 青銀の目は切れ長に、今日も眠たげにまばたきを繰り返す。 血の気の薄い皮膚に細い骨格、ベビードール風の白いワンピース、――そして首にはひとめぐり、絞首刑の赤黒いあざ。

 白い娘は人間ではない。 けれど周囲の死霊のように透き通っているわけでもない。
 彼女には未練も執着も怨念もさっぱりなかったが、生前の記憶をとどめたまま霊と化した周囲の女中や使用人やの話によると、この屋敷の姫様にそっくりなのだそうだ。 かつて勢力争いに敗れて、一族郎党と共に処刑された令嬢の、思念の残滓だろう、と。 首のあざは、その名残だろう、と。
 何のめぐりあわせか、白い娘は霊にはならなかった。 人間として転生もしなかった。
 そのかわり、生前の姿をうつしとったまま、夢魔となった。 したがって使用人や女中の霊は彼女を生前の名で呼び、いろいろな世話をしてくれた。
 けれど白い娘は魔物であり、かててくわえて、この屋敷には人間の霊魂だけがいるわけではない。 彼女は他の魔物からは、その存在としての名前では呼称されず、ただ「白い夢魔」、あるいは略して「白(ブランカ)」と呼ばれるようになった。
 そんなわけで、ブランカは至って快適に育った。 人里はなれた静けさも、うっそうとした森の中という環境も、湿っぽいひややかさも、人間ならいざ知らないが、夜の住人達にとっては好条件である。 ナイフとフォークをもってして食べるものがおおよそ人の世の常識から外れていることを除けば、ブランカの成長は非常に安穏なものであった。

 ただ、安穏すぎて、暇だった。

 それは、ときどきこの幽霊屋敷を冒険してやろう、という不届き者もいるにはいた。 けれどもれなく、この森の支配者として君臨するオオカミのエサになるか、幽霊に追い回されて泣きながら出ていくか、毒蜘蛛やら毒蛇やらに噛まれてこときれるか、……すべてかいくぐった最後にはブランカの寝室にたどりつくのだが、とにかく、遊び相手としては趣味があわなかったし、精気もあんまりおいしくなかった。
 ブランカにとってのごちそうは、それよりも稀に迷い込んでくる子供の精気だった。 ブランカは夢魔だったので、へとへとに疲れてやってくる子供を眠りに落とすのはとても簡単だった。
 そのあとはやわらかな肌にキスをして、死なない程度に精気をいただく。 少しばかり昏睡は長引くが、ちゃんとしばらくすれば目は醒める。 ブランカは誘いこんだ子供を、気がつくまでは自分のベッドに寝かせてやっていた。 けれど気づけば気づいたで、大抵の子供は周囲の様子を――あるいはブランカの絞首刑の痕を――怖がるので、もう一度強制的に寝かせて、人里ちかくまで戻してやるのが常だった。
 とはいえブランカは貴族の令嬢の残り香たる夢魔だったから、子供ひとりを抱えて森の道を歩けるほどの力はなかった。 なので仲のいい森の獣に子供を背負ってもらって、てくてくとついて歩いた。 気晴らしといったら、それだけだった。

 ブランカは夢魔なのだ。 夢を見せる相手がいない生活は、まるでやることがなかった。
 ましてこの森はひややかな割に、四季の変化には乏しかった。 髪が伸び、背丈が伸び、止まった頃には、ブランカは有閑生活にいい加減、飽いていた。 もしかしてまわりの幽霊たちのように、数百年この暮らしを続けていればまた感覚も違ったのかもしれないが、なにせブランカは魔物としては、まだ非常に若かった。

 ――それ以上に、暇以上に、のっぴきならない理由があったりなかったりも――まあ交々、

 ゆえに、

「旅に出る。 ……ううん、出たい」
 まじめな顔で、オオカミに、言ってはみた。 が、
「……ブランカ、お前、“旅”という言葉の意味を知っているのか?」


 ブランカは目覚めてはじめて、「イラッとくる」という言葉の意味を知った。

(つづく)

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